明   月   院

鎌倉明月院の参道です 明月院は、平治の乱で戦死した首藤刑部大輔俊道の菩提を弔うため、永暦元年(1160年)に俊道の子、山之内経俊により創建されました明月庵を起源とするのだそうです。
 その後、康元元年(1256年)北条時頼がこの地に最明寺を建立するが37歳で卒去。のちに時よりの子、時宗が最明寺を前身に蘭渓道隆を開山として禅興寺を創建しました。
 時経て康暦2年(1380年)足利氏満から禅興寺中興の命を受けた管領上杉憲方が寺域を拡大し、塔頭も建てました。このとき、明月庵は「明月院」と改められ子院の首位に置かれました。
 足利三代将軍義満の時代に禅興寺は関東十刹の一位となったそうですが、明治初年に禅興寺は廃寺となり明月院だけが残りました。
 山門をくぐりますと、左手に紫陽殿と呼ぶ本堂があり、そこには当寺本尊である聖観世音菩薩がまつられております。本堂の左を行きますと仏殿・宗猷堂があり、ここには密室守厳像が安置されております。
 そして更にその左に行きますと山際には鎌倉にあるやぐらの中で最大級と言われるやぐらがあります。やぐらの大きさは高さ三メートル、間口七メートル、奥行五メートルで、壁面には二体の如来像と十六羅漢像を浮彫にして中央鎌倉十井のひとつ「つるべの井」と言い、現在も使える井戸だそうですに上杉憲方の墓と言われる宝篋印塔が安置されております。
 また、宗猷堂の右には鎌倉十井のひとつ「瓶ノ井」が有りますが、これは「つるべの井」とも言われ、現在も使える井戸だそうです。
この寺は、花の寺として有名でして、春先にはシダレザクラ、レンギョウ、ボケ、桃、冬には水仙、椿、蝋梅など四季折々の花が咲き、特に初夏には参道から境内に行く道を覆うがごとの紫陽花が見事で御座います。



   宗   派    臨済宗建長寺派
   山号 寺号    福源山明月院
   創   建    明月庵 永暦元年(1160年)
   開山 開基    明確でないので記載せず
   本   尊    聖観世音菩薩
   寺   宝    木造上杉重房坐像他