名数でたどる鎌倉

 一方が海に臨み、三方が山に囲まれた地形を待つ、わが国では初の武家政治の拠点となった鎌倉は、今も町のあちこちに当時の町の姿を偲ぶ史跡が残っております。数字の「五」、「七」、「十」の名数が物語る鎌倉の寺院、切通し、井戸、名水、橋梁など由来をご紹介いたしましょう。
  鎌倉には、数多くの禅寺がありますが、中国の定めを模した呼称で禅刹の寺格を表す、「建長寺」、「円覚寺」、「寿福寺」、「浄智寺」、「浄妙寺」の五寺を指す「鎌倉五山」がございます。
 山に囲まれた鎌倉では、物資輸送の必要から山を切り開て作った交通路を表す「切通し」があちこちにありまして、この中でも特に主要な交通路であります「化粧坂切通し」、「亀ヶ谷坂切通し」、「大仏坂切通し」、「巨福呂坂切通し」、「朝夷奈坂切通し」、「名越坂切通し」、「極楽寺坂切通し」、の七つの切通しを「鎌倉七口」または七切通しといいます。 このほかに切通しとして有名なのは、外部との要路としてではありませんが、内部の切通として岩壁を刳り貫いて作った「釈迦堂切通し」などがあります。
 海に接して良質の水が少ない鎌倉で、塩水の影響を受けない、良質な水の得られる井戸として知られた雪ノ下の「鉄の井」、飯島崎の「六角の井」、海蔵寺の「底脱ノ井」,覚園寺の「棟立ノ井」、明月院の「瓶ノ井」、浄智寺門前の「甘露の井」、泉が谷の「泉の井」、扇が谷の「扇の井」、極楽寺坂下の「星月夜ノ井」、名越の「銚子の井」などの「鎌倉十井」がございす。
 鎌倉でも特に名水と言われる五つの湧き水をさす、朝比奈切通しの「梶原太刀洗水」、建長寺前にあった「金竜水」、浄智寺門前の「甘露水」、銭洗弁天の「銭洗水」、名越の「日蓮乞水」など「鎌倉五名水」と言うのがございます。
 鎌倉の平野部を蛇行して流れる滑川とその支流に架かる橋で、杉本寺西方の二階堂川に架かる「歌ノ橋」、扇が谷寿福寺門前の「勝ノ橋」、御成小学校南の佐助川に架かる「裁許橋」、横浜国大付属小学校の近くにある「筋替橋」、材木座妙長寺近くの「乱橋」、下馬四つ角あたりの「琵琶橋」、本覚寺門前の「夷堂橋」、極楽寺月影が谷の「針磨橋」、北鎌倉の「十王堂橋」、大町四つ角の「逆川橋」の五橋を「鎌倉十橋」といいます。
 鎌倉と言う街は周囲の山のひだとひだを切り開いて造成することで発展してきた町です。鎌倉では、この山ひだの谷地のことを「谷戸」「谷」といい、俗に六十六箇所あると言われますが、実際には百数十箇所もあるそうで、その主な谷戸は「扇が谷」、「佐助が谷」、「比企が谷」、「胡桃が谷」、「紅葉が谷」、「釈迦堂が谷」などがございます。
 このようにその数が奇しくも五、七、十がキーとなる訳でして、「名数でたっどる鎌倉の名所」というところになるのでしょうか。上の「 」に囲まれた
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